Chapter 01 — 診察室で
回復しない患者さんたちの、共通点
「ぬかとゆげ」オーナーの吉岡直樹は、京丹後でクリニックを営む整形外科医です。 コロナ禍のさなか、診察室で気づいたことがありました。リハビリを続けているのに、回復が以前より遅い患者さんが増えている。 調べていくと、共通点が見えてきました——自律神経の不調です。
外出が減り、人と会わず、緊張が抜けない日々。心と身体のバランスを崩した状態では、本来の自然治癒力も発揮されません。 薬でもリハビリでもない、もうひとつのアプローチを探していたとき、一冊の本に出会います。 医学的根拠とともにサウナの効用を説いたその本を読み、実際にサウナへ足を運んだ吉岡は、確信しました。
Chapter 02 — ふたつの出会い
「サウナと酵素風呂を組み合わせたら、
きっとおもしろいことが起きる」
同じころ、「プロ野球選手が通っている」と知人に聞いて訪ねた淡路島で、米ぬか酵素風呂を体験します。 ガスも電気も使わず、微生物の発酵熱だけで温まる入浴法。サウナとは違う、身体の末端まで熱が残る独特の温まり方に驚きました。
世界中を調べても、酵素風呂とフィンランド式サウナの両方を備えた施設は見つかりませんでした。 ないなら、つくる。医師として患者さんに自信を持って勧められる温浴施設を、自分の手で。 日本初の「発酵蒸治場」の構想が、ここから始まりました。
Chapter 03 — フィンランドへ
「入れる温泉はあるけれど、サウナはぜんぜんない」
設計を進めるなかで、忘れられない言葉がありました。クリニックの元同僚で、車椅子で生活する言語聴覚士のひとことです。 調べてみると、当時バリアフリー対応のサウナは日本にほぼ存在しませんでした。
吉岡はフィンランドへ飛び、国際サウナ協会の会長から直接学びます。 サウナの母国では、戦地で手足が不自由になった兵士も入れるよう、バリアフリーが「基本」だったこと。 帰国後、その思想を設計に落とし込みました。
- 車椅子のまま自力で出入りできるよう、押し扉をやめて引き戸に
- ベンチは折り畳み式。車椅子3台がそのまま入室できる
- 水風呂の高さは、理学療法士と協議して「車椅子から最も安全に移乗できる高さ」を算出
- エストニア製ストーブで天井の高温空気を床へ循環。座面の低い車椅子でも、しっかり温まる
こうして生まれたのがユニバーサルサウナ「JOKAINEN(よかいねん)」。 フィンランド語で「すべての人」という意味です。
Chapter 04 — 蒸気の中で
35年ぶりの再会
開業後、思いがけないことが起きます。スタッフから「先生、今日お父さん来てますよ」と告げられたのです。 両親の離婚で、10歳から35年以上顔を合わせていなかった父が、客として訪れていました。
脱衣所で交わした、短い会話。「クリニック、よく頑張ってるな」。 温浴施設という場所が、人と人の距離を溶かすことを、誰より先に実感したのはオーナー自身でした。
Chapter 05 — 評価と、これから
全国12,000施設から、11施設に
2023年、「ぬかとゆげ」は全国12,000以上のサウナ施設から年間11施設だけが選ばれる SAUNACHELIN(サウナシュラン)2023 を受賞しました。
それでも、ここはゴールではありません。サウナと酵素風呂の組み合わせがもたらす効果を医学的に検証しながら、 丹後の地から、日本の温浴文化の可能性を少しずつ広げていく。診察室で始まった物語は、まだ序章です。